常盤とよ子

当時の横浜にあった真金町遊郭地域に普段着で出かけて、そこで米兵相手の女たちの姿を風呂敷に隠したカメラでこっそり隠し撮りを始めるが、だんだん大胆にカメラを向けるようになり、何度も危険な思いをしながら撮影を続けていき、「写真を撮ってくれるお姉ちゃん」として受け入れられたりもするようになる。 女たちが検診を受けにくる病院の医師らの協力で病院や遊郭の室内での撮影も可能になっていく。常盤は「同性の側から見る彼女たち」の「ひと皮はいだ」「生地や裏側の生態」をとらえようとしていた。本牧にある老舗のチャブ屋を訪れたのも、医師の案内であった。

エッセイ集『危険な毒花』が読みたいけど図書館にはなさげ。
同じく写真家の旦那さんとの写真集『戦後50年 横浜再現―二人で写した敗戦ストーリー』が地元図書館にあったので早速予約。

【追記】
上のググる画像検索にも出てきてるけど、山口県立美術館は収蔵作品、Webで見れる。
山口県立美術館 - 収蔵品検索 - キーワード検索 - 常盤とよ子 詳細一覧

検索結果にリンクしたつもりだったけど、どうもキーワードまで保持されたURLではないらしいのでここから名前入れる。

言葉と選択についての堂々巡り、途中経過

最近暫く考え込んでいる。
いる、というか、最終結論とは思わぬものの、途中経過として一旦考えこみに区切りをつけようという試みがこれ。
後で読み返してみて、うんうん、となるのか、おいおい、となるのかはよくわからないけど。

久しく新しい写真を編集・公開することすら滞っていたけど、ポチポチ再開しはじめた。
8年前は、写真にタイトル+ポエミィな散文を添えていた。6年前は、なんとなくタイトルだけはつけていた。3年くらい前頃には、無根拠ながら明示的にタイトルをつけることにしていた。そして今は、タイトルに意味を持たせるコトすら排除しようかな、と思っている。

反面、
「ステートメントなき写真はこれからはダメだろ」という声も聞いた。なるほどそうかもしれない。いや、安直に納得するな。でもそうかもしれない、違うかもしれない、一考も二考もしていいと思うけど、一理はある気はする。

でも、もし、そうだとして、仮に、
写真とセットでその写真についての付帯情報なり作者の思いなりを見せる必要性というのは別の話なんじゃないかな、なんて思ってるんだけどどうなんだろう。

今のワタシは、
自分の意図が何がしかあったとして、それが上手に伝わらなかったとしても、特に「導い」たりしたいとは思わない。伝わらなかった理由が自分の腕のせいであっても相手の感覚の違いのせいであっても。意図どんぴしゃで伝わる必要って何だろう。相手の心にさざなみが立てられたらそれでいい。

とはいえ確かに、
感覚一辺倒だけで撮ったものでも何かに乗っかれてしまえば評価に至るイマドキのお手軽オンラインパブリッシングはそれはそれで確かに問題を孕んでいるかもしれない。まぁ、ワタシ自身がおもいっきりそのクチだった…いや、未だに、である、し。問題を孕んでいるのか否か正直わからない。新たな一つの潮流になってしまえばそれまで問題だったものすらくるりと問題ではなくなってしまう。まぁ、それは横道逸れ過ぎだけど。

そんなこんなもあって、
最近は選択について試行錯誤を続けている。
やっぱり基本は感覚に、自分の好悪に、まずは正直に、ざっくりと。

しかし、
その先が悩ましい。上のステートメント云々を意識すると、ついうっかり「さて、ナニユエにこの写真?」 という問いに耐えられ「そうな」ものを選択しそうになる。無意識で。それでいいのか?いやらしい。

元々、
性根も審美眼も腐っているらしいので、下らない「(我ながら)よく撮れました」 なだけの写真すらピックアップしてしまう。それも違う。
ここはかなり難しい。無意識の自意識との戦い。
如何に好きで、何故これか、何がよいか。

さて、
そんな感じで言葉の問題が選択の問題になってゆく。

選択し、
きちんと「作る」。撮って出しはしない。他人様が撮って出しをするかしないかはその人それぞれなので意見はないが、自分はここで作るコトが自分の作品としての半分以上を占めてるかもしれないと思っているからきちんと「作る」。極端に派手な加工をするのではないけどきちんと「作る」。

そして、
出す。言葉は必要かもしれないけれど表に出すか否かは、その選択すら含めて作品なのではないのかな。

それでも、
これからは試しに、もしくは恒久的に、それぞれの作品についてのステートメントのようなものはチラ裏的にどこかに留めていってみようと思ってる。
それらはきっと、求められない限りは人の耳目に入ることはない。それでもこの作業は己の何かを磨いてくれるような気がしてる。

そんな時、
写真家と映像作家の言葉の強度の違いについて語っている写真家のような映像作家さんのつぶやきをみかけた。違いの存在にだけ触れた、具体的な優劣も是非もないそのつぶやきは狡くも思えたけど、連続性がなければないほど寧ろ、余計な説明も削がれていかなければ立ち行かなくなるんじゃないかなぁ、と思っている。ワタシは、今は。この映像作家さんは何を意図して違いにだけ触れたのだろう。ワタシとは真逆の何かかもしれない。

何が正解かなんてわからないし、
仮にセオリー通りに動かなければ成功がない、というのであれば成功を目標にして歩くことはないだろう。…成功?それが欲しい物の正体なのか?よくわからない。

【追記】(2012/03/21)
書いて1日経った頃こんな良記事が現れた。
#4と#5あたりが上の堂々巡りの元みたいな感じで、#3あたりは物凄くなるほどで、#2もうむふむ、って感じ。
記事内のリンクもあとで攫おう。

DIL DIL PAKISTAN, JUNAID JAMSHED AND 25TH DEC.

※音楽系なので、つい先日音楽まとめ用Posterousに書いたけど、これはどちらかというと音楽を通した自身についての思い入れ的だしな、と、こっちにやや加筆・修正して転載。

今回は単純に「この土着音楽たまんねス」ではなくて、色々思い入れ全開なのでやたらと長くなるとおも。

おいらがパキスタン人とつるんでいた丁度その頃、現地で一世を風靡していたVital Signsというパキスタンのポップロックバンド。
どこかで書いたけど、昔から実は南亜細亜では、実は印度よりパキスタンの方がポップス系は欧米からも評価されてるけど、当時のVital Signsもそんなのの筆頭って言っても過言ではない。
JJ(Junaid Jamshed)はそこのリードボーカルで、甘い低音でとても美しい声の持ち主で、おいらも超ハマりました。

当時の友達たちからは一緒にいる間中、Qawwaliやポップスやボリィ、ロリィの曲など色々教えてもらった…というか散々聴かされてた訳だけど、彼らに自分用のビデオテープ(の時代w)が欲しい!と入手まで頼んだのはこのVital Signsだけだった。
今みたいにYouTubeもない時代、それでも下のいくつかの曲と映像が特に大好きだったから、繰り返し観たかったから。

Sanwali Saloni


いつまで経ってもウルドゥは解さないままに、これは今でもあやふやに歌える。
途中の「あむりかけ なー じゃーぱーにきー」ってトコは「アメリカや日本(の女の子じゃなくて)君が好き」的な意味だって教えてもらったのも覚えてる。

Gore Rang Ka Zamana



Aitebar



これとか今でも何かの拍子に脳内でメロディがぐるぐるする。

その中で(ワタシ自身は大好きな曲の筆頭って訳ではなかったのですが)、この曲がかかるとパキスタン人の誰もが合唱を始める、という勢いの曲がこれ

Dil Dil Pakistan



Dil、は「がんばれ」っていう意味だよー、と教えて貰いました。若者中心の愛国ソングとも言っていい曲。

当時のワタシ自身は大して民俗音楽萌えでもなかったので、つるんでた仲間が皆、日本から離れてしまうと、そのまま元々好きだったヒプホプとかあーらんびーに戻り、10年近くパキスタンの音楽からは離れてました。

いつだったかな、2000年の前半頃に懐かしさも手伝ってNusratを聴き直し、つい数年前に亡くなってたコトを知ってショックを受けたり、Vital Signsも解散してるのをぼんやり知ったり、ああソロでアルバム出してるんだな、なんて知ったり、でもあまり深く掘り下げずにいました。

そしてつい数年前、再び(いや、三度?)最近はどんな活躍をしてるんだろう、と突如思い出してWikipediaのJJのページを読んで、「イスラムに専念するため、(またパキスタンあたりはストリクトなイスラム圏というコトもあって)ポップミュージックを捨てた」と知り、それはもうショックでした。風貌もめっちゃ変わってたし。あのパキスタンポップロックのアイコンとも言えたJJが!

まぁ、そうは言っても捨てたのはポップスで、イスラム曲やNaat(イスラム詩、これをメロディに乗せて歌ったりする)は続けていて、ソレ系のアルバムとかは出してるらしいと知って、結構Naatとか掘りまくったり。



それから数年、つい先日、FacebookでJJではない元Vital Signsのメンバーも参加しているJunoonというパキスタンロックバンドのページにJunaidの写真。そして「Dil DilとJazba(Junoonの曲でこれも愛国ソング的ポップス)のリハーサル中、動画も後ほど」というメッセージ。
愛国ソング的とは言えどもポップスを捨てたはずのJunaidが!

そしてアップされたのがこれ
JunoonのFBページでは動画に "Happy Birthday Jinnah" そう、12月25日はパキスタン建国の父、ジンナー生誕の日。
うp主もパキスタンEMIなのできちんとオフィシャルというかなんかそういう系。
そして動画のオープニングの
"In our solidarity, unity and discipline lies the strength, power and sanction behind us to carry on this fight successfully."
というジンナーの言葉の引用

多分経緯も知らずに観ても…いや、知識として知っただけで観ても、恐らくなんとも思えない程度の動画だと思うけど、国民の期待する次期大統領は、かなり民主寄りな元クリケットの花形、イムラン・カーンだが、政府と軍もかなり危なっかしい状態でクーデターで民主化自体がひっくり返るかもしれない。そして米国との緊張状態も日々高まる一方。というこの時期、ジンナー生誕の日にJunaidが過去のポップスを歌うというのは、Junaid含めポップス界やその裏方含め、皆、幾重にも色んな思いもあるんじゃないかな。

そんなこんなでJunaidの動画をうろうろしていたら、今年の前半にトロントでもNaatのライブの途中でアカペラでDil Dil歌ってるのですね。



90年代に見劣りしない美声と、あと、相変わらず、しかもパキスタン国外在住者がほとんどであろう会場が歌い出しと同時に一斉に歌い出す様がもう…。
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