Random flickr of mine

2011/01/12

おもしろいのは

今更ブログ的なこんなのを時折書き出してること。

ついったが出てきて以来、ブロガーのブログ離れ、とか言われて久しいけど、おいらみたいなケースも案外多いんじゃいかな。
140文字アウトプットの習慣が字余りに、的に書きたいことが溢れる人。

おいらの場合あとは別ルートで、たんぶらのせいなのかしら。
あっちではヘンに言葉以外且つ非オリジナルなもので表現してる、みたいなカンジもあるから自分の思考とか言葉とかがそこでも溢れちゃってたりするのかも?なんて己による己に対する推測。

字余りだとしても、複数ポストをとぅぎゃって満足、って人もいるだろうから新しい(くもないけど、既に)発信形態が出来て多様になったってだけかな。

おいらの場合はその他の生活環境の変化も大きいんだけどね。

おいらはるか昔、MTのバージョンが2.661の頃には個人のMTブログ持ってた。
けどあの頃は書きたいコトあったのかな、テンプレ作りたかっただけかも。今の会社にもそういうコいるな。
逆にココは少なくとも今んとこ、テーマ選んで、CSS付け足す程度。
外観より各種端末からのポストしやすさとかメンテしやすさとか、中身の為の方に気が行ってる。悪い流れじゃない。

まぁ、メタ談義臭い話はどうでもいいや。
いい加減きちんと作品を作品として出せるサイトは作りたいなぁ、作らなきゃヤツら可哀相だよなぁ、って思ってるけど、こういう他愛もない散文は自分のレン鯖にお引っ越し!とか頑張らないでここで気が向いたらぽつりぽつりでいいや。

2011/01/09

マグナム・フォト東京支社創設20周年記念写真展 「50の情熱」:気になった写真家さんリスト

会期終了間際に知って慌てて行ってきた。

マグナム写真展どーん!というよりマグナム所属カメラマン一覧、的な風味で、作品も写真家1人につき各1点のみなので、評価以前だったり、別の作品まで好きかどうかなんとも言えないけど、それでもそのたった1点ずつの作品で多少なりとも心に引っかかった人リスト。

もちっと色々感じてたけど感想的なのはこの程度しかメモしてない。
他にも特筆?したいのはいくつかあった。

ハリーグリエールって人のが自分のテイストじゃないのになんとなく引っかかった。なるほど映像出身な人って感じ。そしてギルデンのロシアマフィアかこいい。 http://twitter.com/#!/qtbrowneyes/status/23626659529760768
ちょっとでも気になる人の名前控えてってたら結果的に半分はメモした格好。
http://twitter.com/#!/qtbrowneyes/status/23626969010671617

や、選んでるウチに入らない説もあるけどw

各人についてはそのうちぼちぼち調べるかもしれないし調べないかもしれないけど、取り敢えずMagnum(JP)のサイトの各人紹介ページへのリンクだけ突っ込んでおく。

正会員

寄稿家

アーカイブ

準会員

候補生

上のリスト作ってて面白かったのは、候補生だけはまだ名前だけで紹介ページは作ってもらえてないみたいで、個人サイトへのリンクがあるのみ。それがなんとTumblrだったw。
ポートフォリオ兼用?そういう訳ではないのかな?いずれにせよたんぶらユーザにマグナム候補生もいる時代なのですねぇ。りぶろぐしちゃいますよっ!

マグナムのメンバーの種別とそれらになってく過程みたいなのも展示会場で説明書きがあったけど、それぞれのステップ、時間も審査もしっかりある。意外な人がメンバーになって日が浅かったり、若く見えるのに古参メンバーだったり、きちんと個々人調べてないけど結構そういうのでへぇ、と思ったりもした。

2011/01/08

写真の作品としての最終形態

中平卓馬の写真展が今日(2011/01/08)から2箇所で同時開催開始、というコトで、ハシゴしちゃおうかとも思ったけど、軽く体調不良もあり、明日で会期を終えるマグナムと同じ銀座で開催している方のみ見に行ってきた。

両展覧会の感想系は書くとしても別途記事にて。
ということで、ここはそこからあれこれ派生して浮遊した厨二的思考をただまとめておくのみに留めます。

見終わってふらふら写真撮りながら東京駅に向かい、帰りの電車で(いつものようについったで)、ふと、

なんてコトをつぶやいていたところ、別会場の展示内容を教えてくれた人がいた。
その方の話も総合してみると、なんとなく、今日行った写真集の販売代理も兼ねてる銀座では今回発売される新刊本掲載の内容に忠実(点数多め、サイズも本と同一)、もう一方はよりぬき豪華版(点数少なめ、サイズ大きめ)という差別化なのかな。

…と、他会場の様子も知り、デカくした作品も見たいかな、どうかな、なんて思ってるウチに湧いてきた疑問のつぶやきが以下。

要するに、ヘタクソなりに撮ってる側として、もし作品毎に「これが最終形態、これが完成形」って意図しているものがあるのならそれを見てみたいなぁ、って単純に思っただけなんだけどね。
いや、なんだろ、写真集発売→関連展覧会な流れみたいだし、そもそもの最終形態自体がA4?
いやいや、それはそれでアリだと本気で思ってたりもするので、であれば拡大したものを見る必要はあるの?とかとかとか。

でもここで軽く我に立ち帰る。

まぁでも、ファインダー覗いたりシャッター押したりしてる時に明確にコレ!なんてないのかな、無意識にはあるかもしれないし、その無意識こそが最終形態を左右するとはしても、そのフェーズでは作品未満な訳だし。

それよりなにより「自分」のやり方に置き換えてどうなるものでもない。
「これを作品として完成させるに至る作者の思いが云々…」って語りは巷でもよく耳にするけど、実際に本人に聞いた話以外のオレオレ物差し範疇な推測って色々狭めて物語を都合よく完結させちゃう気がするのでしたくない。

とかとか、ついった上ではそのまんま尻切れだし、その後延々考え続けてた訳でもなく、ぼんやりと、「そんな疑問は多分作家次第」だろうし、「正解も模範解答もない」し、「キメる必要すらない」コトなんじゃなかろうか、と思ったりはしてるので厨二臭いわー、とか思いつつ、それでもなんとなくコレって墓に入る頃までには自分はこう思い至ったよ、こうやってたよ、ってのがあるといいなぁ、と思ったのでまとめるに至ってる次第。

なんだかペペッてコピペのみでさっくり済ませようとした割に書いちゃったな。もっと寡黙な人になりたいんだわ。 :-p

でもこういうのも面白いかも。同じ作家の同じ作品の見せ方比較みたいなおまけつき。
じゃなきゃ、今日みたいな疑問を言語化することなく過ぎてってたかも。