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2014/02/22

受動が生み出す偶然の出会いと能動による取捨選択

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特に書きたいコトもなかったので書きかけ蔵出しテキストを膨らませてみる。

テレビとかラジオをダラダラとつける習慣がなくなってしまった。そもそも結婚以来、テレビ自体が家にない生活だ。

ラジオはそれより遙か以前、もういつからか記憶すらしていないほど昔から手元にはない。

以前はテレビもあった、帰宅すれば観たい番組の有無は関係なく、即座にスイッチを入れ、観ていようがいなかろうが、眠りにつくまで延々なにがしかの映像や音を流し続けていた。

勤めていた会社によっては、BGM代わりにFM局を流しっぱなしだったり、AMラジオを流しっぱなしだったり、そんな環境もあった。

要は、恒常的に受動的なコンテンツに晒されていたのだ。

今もコンテンツ漬けなコトに変わりはないのだが、ネットの時代になって極端に変化したのは能動だ。ネットの風潮では、どちらかというと能動が全て、みたいな傾向にある気がする。

どっちがいいとか悪いとかではなく、事実そうである。

特に 311 以降はそれぞれが思い思いに「騙されることのないように、自ら正しい情報を選び取る」コトを美徳として美学として処世術とする傾向は、更に強まったように思う。

が、残念ながら、この「選択問題」はいつまで経っても答え合わせが始まらないため、思い思いに信じたものを信じ続け、正しいのか間違ってるのか疑心暗鬼になり続けるしかないのだ。

どっちがいいとか悪いとかではなく、と書いたが、実際どうなんだろう。

最近時折、選択を放棄して、受動的に漫然とコンテンツを消費していた時にはあった偶然の出会いが懐かしく感じるコトがある。

これまでを振り返ってみると、観たかったワケでもない番組を観てる中でないと出会うことがなかったモノって言うのも、結構あったんじゃないかな。そうでもないかな。音楽とかはそういう出会いが意外と多そうな気がする。

そもそも観たかったワケでもない番組を観る余裕があったのが今思うと不思議で溜まらないワケだけど。どっちがいいとか悪いとかではなく。

ワタシ自身が長い間、能動至上主義みたいになっており、玉石混交であるコトを前提に、自ら選び取った情報の海にぷかりぷかりと漂っているコトに心地よさを感じてきたフシがある。

しかし、その選択自体、果たして真の能動なのだろうか。選択肢は意外に有限で、限りのある中から無理矢理選ばされてるだけのような錯覚にも時折陥るのだ。錯覚か?

そう、やはりここにも回答欄はないので、錯覚かどうかすらいつまで経っても定かではない。或いは、アタマとココロがもうちょっと強かったら、自ずと正解は見えてくるものなのかも知れないけれど。

ただ、自分で取捨選択をするコトによって、自分が接近遭遇する可能性の幅は極端に狭くなってるだろう。完璧にそうはしきれないとはいえ、基本は観たいものしか観なくてよい世界が着々と構築されているワケだ。どっちがいいとか悪いとかではなく。

……本当にいいとか悪いとかではないのか? あぁ、ワタシはいま、何が言いたくて何がしたいのだ? まさしくアレに陥ってる。自分の全ての足の運びを意識し始めたムカデ状態だ。何も考えなければ難なく歩けていたものが、意識してしまうと途端に足がもつれてしまう。

おいらはただ、能動・受動、どちらに振れてもよくないね、程よくね、が言いたかっただけなのに、ちょっと考え始めるのと同時に、どちらも選べないくらい双方に否定的になってしまう。ひどい性分だ。

もう、今日はこのくらいで思考停止しよう。

2014/02/21

[Togo] Soldat du Cool catché (avec Toofan)

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さてさてダンサー着目シリーズ第二弾。(第一弾はこちら

"COME ON MAN" by Toofan

いやぁ、おいらをアフリカ沼に引きずり込んだ Toofan 、感慨深い感じもして参ります。詳細は散々後述しますが、この動画の Armattoe さんに着目したおれ、今更ながらすごいわ。
※後半、トップス緑にボトムス紫の服。

“DEMO GWETA DANSE” by TOOFAN

出演者全員がメンバーなのかは定かじゃないのですが、 Toofan の動画やライブで踊ってるダンサー集団、 Soldat du Cool catché

実は Toofan を知って初期の頃から意外と、メインの Toofan の二人そっちのけでダンサーさんたちに目を奪われてしまい、中でもとりわけハートを奪われてしまったのが Emmanuel Armattoe Louvanga さん。

各種 Toofan の動画の一瞬一瞬のクローズアップで、ダンスのキレで目を引かれる場面が増えて来て、しかも目を引かれた先にいつも同じ変顔が存在するコトに気づき始めたのです。

上記のデモ Gweta ではきったないオレンジの短パンでちょこちょこ出てきます。

"GARDE LA JOIE (DANCE)" by Toofan

こっちの動画だと、オレンジフォーメーションの主に手前左から2番目かな。いやホント、この動画とか、見るたびクロい服の主役たちろくすっぽ観てないわおいらwww

で、とどめは下記のライブ動画。もう色々と衝撃だった。

"Cè Magik LIVE" by Toofan

二人いるダンサー(白シャツ)の、当初は奥、後半ポジション変えで手前に来るのが Armattoe さん。これどこのマペット。上体のブレなっぷりと身体のキレっぷりすごすぎ。手前に来て足元見えた日にゃもう、ステップに鳥肌ですわ。

しかもね、天は二物を与えない、の端的な例とでも申しましょうか。Armattoe さんて、じっとしてるとそんなでもないんだけど、踊り出すと、目と歯は剥き出すし舌は突き出るしで、なんとも酷い顔になるのですよ。

この動画とか、そんな変顔も絶好調。魅了しながら酷い顔というすごいギャップ。個人的にはすっかり慣れたので、踊る Armattoe さんの変顔すら愛おしいですけどねw

気になりだしてから長~いこと Armattoe さんの名前すらわからずに途方に暮れてたのですが、去年の秋口に Toofan による Gweta ダンス仕掛けが始まった時に、その一環としてちょこちょことダンサーさんだけの動画も出回るようになったので色々と見えて参りました。

"Soldat Cool Catche Danse GWeta"

サムネイルからして既に変顔気味の Armattoe さんは手前左の青シャツですね。
Gweta ダンスはそもそもが妙なバランスなのでダンスの凄っぷりは微妙にわかりにくいですが、変顔はなかなか全開でいいですね。

"TOOFAN Soldats du Cool catché"

こっちは大して大した感じのダンスでもないけど、冒頭の Soldat du Cool catché の皆さんの紹介がいい感じなので一応。

ほぼ真ん中に陣取ってるのが Armattoe さん。身長とか、恐らく一番ちびっ子かその次くらいですよね。他の若手に比べて、生まれ持った体格は決して有利ではないとは思うんですけどね、しかしマッチョ。

2014/02/20

夜の土手下

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今宵は拝まなかった相模川
More of my works

さて、どうも微妙な微熱が残ってるので、これを書き散らかしたら早々に寝るのだ。

これを、とは言うものの、取り立てて書きたいお題すらない。

起き抜けにいくつかどす黒いいらだちが胃の腑を抜けたが、それについて今くどくどと蒸し返したい気はない。

夜、軽く散歩をした。夜の、暗がりの雪の残る土手脇。せっかく脇まで行ったのに、土手を上がるコトもしないまま戻ってきてしまった。一級河川たる相模川は、夜、どんな流れをたたえていたのだろう。

散歩の直前、仕事で軽めの失敗をしたので、出しなは若干落ち込んでいた。

…軽め? どうなんだろう、それ自体、こちらの心持ち次第、ではある。でもそう感じたのだから、おいらにとってはそれが偽りのない感覚なのだろう。

配偶者曰く「その失敗はどうしようもない相性問題」であって「相性問題があるが故に、普段起きない場面での失敗はどうしても不可避なものであった」。それが故、翻って見ると「能力問題ではない」という、仕事嫌いの巧妙な論理を聞いてるうちに、ああそうかもな、という気になるコトができた。

持つべきモノは仕事嫌いの配偶者である(……ワケはない!)(それは違う!)(断じて違う!)。

さて、どうでもいいコト書いてる暇があったら今日は早めに寝ます。アフリカの音楽ひとつかふたつかみっつ観たら…。

2014/02/19

アフリカプレイリスト整理

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腰の重かった YouTube のアフリカ関連プレイリストを整理しますた。
Coupé-Décalé と Soukous については今のうちに細分化しといた方がいい気がしたので。

面白いことに、整理前プレイリストまるまる2つ分(=400曲)が、Coupé-Décalé 78 、Soukous が 79 と、どちらに寄ることなくでした。

欲を言うと Kuduro と、その他仏語圏、みたいなのも避けときたい気はするけど、まぁいいや。

ホントは南亜細亜もやりたいんですけどね。現時点で既にプレイリスト5つ分なんですもの。辛いわ。

この2つのプレイリストは作業用 BGM としても楽しくなりそうだわ。あと「その他」にも、既に忘れかけてた興味深いのいくつかありそう。

あぁ、新しいのも掘る暇ないのに…!

Soukous 01 (Africa)

Coupé-Décalé 01 (Africa)

2014/02/18

復活病み上がり

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さてさて、一体何日空けてしまったんだろう。日付は2/10で止まってるので8日か。うん、丁度そんなものだろう。

インフルエンザにやられていた。

謎なのは、ここまで家に籠もってる生活をしていて、10日以前に、ある程度人の密集しそうな所に出かけた記憶はスーパーくらいだったのに、しっかりとウィルスを戴いてしまったようだ。

処方箋薬局のおばちゃんもおいらの生活の様子なんて知らないで四方山話のつもりで「スーパーでも感染しちゃう人、いるらしいですよ」なんて言ってたので、そんなケースも珍しくはないんだろう。

仕事への影響も困ったものだし、何より本当に身体が堪えるので、今回を限りにもう一生インフルにはかかりたくないものだ。来シーズンからは予防接種を受けるコトにする。

……とはいえ、予防接種が寝込みトリガーになる事例も見てるからどうもおっかなくてね。でも多分、普通に罹患する寝込みよりも重たくなるコトは少ないか。


と言うわけで(どういうワケでもない)、どってことのない日記のようなもの復活なワケだけど、 Markdown Editor をまた変えてみた。

変えてみたっていうか、ほぼ丁度2ヶ月を経て、フリダシに戻ってみた。 StackEdit に。

設定をいくらかきちんと見て、ググる Docs への AutoSync だけ活かすコトにした。別段、ローカルでエディタで書かなくちゃいけないコトもないし。

ST2 で無理くり使ってたけど、 Markdown には ST2 ならではな便利さが発揮されるワケでもないんだよね。 StackEdit ならあいほんでも編集出来るようになってるぽいし。

そもそも Blogger そのものとの連携機能があったのでこのエディタを試したのが始まりだったんだけど、そっちは使っても使わなくてもいいかな、うーん、使ってみるかな。どっちでもいい。

クリックで拡大

編集中の見た目はこんな感じ。左がエディタ、右がプレビュー。画面はこれ、 Chrome をウィンドウとして開いてるもの。余計な装飾が目的では無くて、シンプルに書いて最低限がキチンと整形される、というのがキモなので、独特なタグ自体少ない。

行に延々赤線が付いちゃってるけど、これは Chrome のスペルチェックの機能か何かかな。邪魔くさいね。

記事には何かしらの画像をひとつは貼るコトにしてるけど、そればっかりは画像格納場所を Blogger (経由の Picasa )にしたいので、記事書き終わってソースを Blogger に持ってった後で Blogger 上であれこれやってる。

何でこれをやめてローカルで書き出したんだったかもう覚えてないけど、なんか改めての StackEdit で記事作成・テキスト作成は大体いい感じになりそうな気がしてきたぞ、やった!

追記 01:07

やっぱり Blogger 連携機能は使わないが吉。記事タイトルと編集ファイルのおれおれファイル名の持ち方の相性がよろしくない。

2014/02/10

[Congo] 和名っぽい Soukous Singers とジェネレーション

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先日1人見つけて「?」と思ってたんだけど、新たに1人いたのでメモっとこうかと。

双方ともオンラインでの情報はあまり多くなく、そんな僅かな情報からでは、どちらも名前以外には日本との繋がりは伺えない……っていうか、十中八九無い、と断定してしまってよい気がしますが…。

例のコンゴでのサプールな方々にとっての日本製服飾品の位置づけからすると、和名の芸名つけるのもオサレの一環……とかは意外とハズレではない仮説だったりするのではないかとw

ただ単に、同じオトの単語や名前があるのかもしれないけど真相は謎。

"Remise et reprise (malewa suite et fin)" by Héritier Watanabe

一人目のワタナベくん。メインで歌ってるイケメンくんです。

彼はググると、(おいらの嫌いな) Werrason 率いるコーラスバンド Wenge Maison Mère の筆頭から二番目にリストアップされてるので、バンドメンバーと言えども、実質ピンでもやれちゃう人……って感じなんですかね。在りし日の Koffi さんチにいた頃の Fally たんみたいな位置づけ? もう10年以上所属してるようだし、ぼちぼち独立したりもあるのかしら。

"Chicotte" by Chouchou Miyake

二人目はミヤケくん。彼についてはホントにほとんど情報が出てきませんが、声質も歌い方もちょっと Fally っぽい感じ? Fally 完コピ目指してる風な若手、たまにいるのですが、それだとどうしたって、見た目とかダンスとかオーラとか、各所で足りないトコがあるわけで、そしたらどうしたって比較対象とされた挙げ句に圧倒的な差が付いちゃうので、自分の個性を追求した方がいいと思うんだけどな。(模範的 Fally 信者らしき発言)

第6世代?

……と、意図せずこの2人がセットで取り上げられてる最近の記事発見。

これまたググる先生の仏→英翻訳斜め読みなので怪しいですが、ワタナベくんもミヤケくんも含めた Soukous 界「第6世代」として若手アーティストがピックアップされてるんですかね。

和名ではない残り2人もそのうちチェックしておかなくては。

Coupé-Décalé あたりは世代別の説明が Wikipedia 先生にも書いてあったけど、 Soukous でそういう世代別の一覧とか年表みたいなの見たことないわ。あってもおかしくなさそうだとは思ってたけど。6番目か。6番目…ふーむ。

世代別じゃなくて年代別?だけど、余力があったら英語版 Wikipedia の Soukous の History の説明に沿って動画とか拾って纏めよう……にしてもソコでもざっくり4つの見出し分しかないから違った時系列分類になっちゃいそうだけど。しかし、仏語版より英語版の方が内容充実してるのもどうなんだ。こちらはその方が多少ラクだけど。

あっ、でも、日本の Wikipedia の「スークース」もそういえば妙に充実してるんだった。日本語版は独自記事ではなくて英語版のしっかり翻訳っぽいな。じゃあ纏めも簡単そうじゃないか!カタカナアーティスト名はことごとくリンク切れなので、英語版参照にしつつ。

あぁ、こういう専門性も低すぎる纏めなんて、誰も得しなそうだけど、おいらが楽しいので最高!

2014/02/09

雪と痛み

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雪のせいか風による気圧のせいか、今日は一日中アタマがぼんやりしてる。

ウン十年ぶりとやらの雪をひとしきり堪能しに外に出る。

戻ると電力供給不安定につき、PCが落ちる。布団被ってあいほんだけいじる。

あいほんだけで長時間ウェブを見るのは苦手だ。その後しばらく、かなりのかすみ目になって何も見えなくなる。

Kindle を持って長湯をする。2時間。湯も冷え、凍えて出てくる。寒い。ようやっと暖まってきたところだ。

似たような痛みを抱えている人が居る。

その認識は以前から互いに持っているが、ほんのたまに、ほんの少しだけ触れて、また元の距離を保つ。

なんというか、上手に泣けないタイプなんだよな。生まれ持ったものではなく、痛みの原因が故。

互いにそういうのが染みついてる。

最近は少し上手く泣けるようになった気もしてたのだけど、まだまだそうでもない。

恐らく、この痛みに対しては、そんな日は来ない。

改めて覚悟し直した方がよい。

何度改めればよいのか、まだ甘いのか。

心安らぐ日など来ない。

まだ淡い期待を持っているのなら、そんなものは捨ててしまえばいい。

2014/02/08

[Côte d’Ivoire] Serge Beynaud et Danseurs

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はーねむたい。今日もテキトウにちゃちゃっと動画貼って終了!と思ってたのに、気になってうっかりググりだしたら時間かかっちゃったわ。かかったわりに実りなし!

アフリカの同じミュージシャンの動画を延々眺めてると、あるアーティストのバックダンサーさんはどうやらお抱えの固定メンバーなんだな、というのが見えてくる。

アフリカのポップス全般でそうかどうかは不明だし、ジャンルでそうなのかも、人でそうなのかもよくわからない。

そうういえば以前こんな記事を書いた。

というコトもあって Soukous については、大所帯固定ダンサーありきなのかもしれない。結構そのダンサーだったりコーラスだったりそれらの複合体のメンバーに入れ替わりは激しそうだけど。

今日ピックアップするのは、コートジボワールは Coupé-Décalé の Serge Beynaud さんチの女子ダンサーズ。

Serge さんは全くイケメンではないし、プロポーション的にも貧相な体つきなので野郎としての魅力は今ひとつなのですが、そんなキャラに合うソフトなよい声と、優男風のお洒落(何故か例のコンゴの Saper 賛歌っぽい歌も歌ってる)。そしてダンスの上手さは結構なもの。そんなダンスを健康優良児っぽい微セクシーな女子ダンサーズが彩る。

Kababléké by Serge Beynaud (Clip Officiel)

と、上記がおふぃしえるな PV 。

おいらのお気に入りダンサーちゃんは、みんなが民族衣装風の格好で座ってる場面で Serge さんの向って左に位置する金髪ベリーショート、 La Petite Zota たん。恐らく Serge キングダムの中では古参の筆頭ダンサー且つ一番人気のダンサーさんぽいです。

他アーティストの曲に feat. Serge さんな時とかも一人だけピックアップされて踊ってたり、ダンサークローズアップな動画も数は圧倒的に多い。あとは、ゴシップ系記事では Serge さんと怪しい仲なんじゃないか、とか言われるコトも多いみたいですね。真相は知りませんし、どっちでもいいですが。

次にどうしても妙に目を引くのは Serge さんの向って右にいる、ちょっとファニーフェイスな Sandia Chouchou たん。どうやら彼女は比較的最近(2年以内くらいかな)スカウトされて入ってきた新参らしい。新参とはいえ、既にそれなりの人数のダンサーを抱えてた Serge キングダムに迎え入れるだけのダンス巧者が故。

もう一人の左奥のコは Annick Choco たん。この動画だとあんまり可愛くないけど、実はかなりのべっぴんさんなんだよな。でも彼女についてはあまり情報が得られておらず。

で、どうやらこの三人でダンスユニットとして La Prada Danger というユニット名を Serge 御大に命名されたようです。

英語に翻訳したのを斜め読みしかしてないけど、あぁ、まさに Serge キングダムに仕える、忠誠心高き舞姫 Zota たんて感じだったわ。

Kababléké のダンスデモ

現地のマーケティングとかエンタメ事情がどうなってるのかはよくわかりませんが、どうも PV より先にダンスのデモ動画で先行プロモーションをして、暫くすると PV も出る、という流れが多い気がします。下手すると数バリエーションのフルダンスデモ動画とか事前に出てくる。たまに、 PV も数バリエーションだったりする。

CD とかナントカよりも、規模問わずに頻繁にクラブや野外でばんばんライブやって収益上げてるのかなぁ。だからみんながイベント現場で参加可能な状況を事前に作ってる、みたいな推測。音質の悪い細切れライブ動画とかもどんどん上がってくるんですよね。キリないくらい。で、見てると、飛び入りダンスとかも結構あるっぽい。

Lôkô Lôkô おうちデモ

おうちかどうか定かじゃないんですが、 Serge ファミリーはこの、いささか所帯じみた小物がそこここに散らばってて、いささか手狭っぽくて、でも最低限の広さを確保してあって、一応スタジオっぽいこの部屋でのダンス練習風景っぽいデモがいくつも公開されてるので、勝手に自宅兼ダンススタジオなんじゃないかな、と。

整然と編集されて音質のよい PV も勿論好きですが、個人的には音楽…も勿論好きだけど、ある程度の音質で楽しめればよい派(そもそも、印度やアフリカの音楽、質の良い録音自体が当たり前ではないですしおすし)。そして、ダンスがしっかり見たい派なので、そうなるとカット割りに邪魔されないで、通しでダンスが見れるこういう練習風景は、かなりよいご馳走なのですよね。

2014/02/07

需要と供給、あと火事場とドーパミン

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あちこちで喧々諤々ある気がするけどまだちゃんとは目にしてないのだけれど。

ゴーストライター騒動、あれは名義人と実制作者だけを当事者として彼らに眉をひそめる、というよりも、それを消費してきた一般消費者や批評家や各種ギョーカイ――どこになるんだろう、クラシックギョーカイ? 音楽ギョーカイ? それに関連する各種メディア?――も含めて、一体「何」を求めていたのか、そして、それに「何」を提供していたのか、という視点で考え続けてる。

他の人も似たようなコト言ってましたが、そうやって考えてみると、意外とその需要と供給における「何」の部分は、きちんと一致してるのですよね。求められてたのも提供されたのも「作品」ではなく「ストーリー」なんだろうな、と。

この辺は実は、上手く書けてないものの、先日書いた記事「盲目的な評価と引っ張り上げられるということ」でうにゃうにゃ言ってたのと、個人的には根っこの違和感はとてもよく似てるものだったりする。上記の記事では主に、一次コンテンツ提供者とインフルエンサーと一般ユーザー、という三角関係を通しての話でしたが。

何が言いたいかっていうと、今回の当事者たち1はニーズに合った商品を提供して当たってたワケで、エンタメのビジネス・マーケティングとしてはある意味巧者だったとも言えるのかな、と。最後の最後まで夢を見せ続けられなかったのは大失敗だけど、その失敗の原因は、当事者同士でしっかりその「目的完遂」に向けてのコミュニケーションが謀り切れてなかったから途中で謀反が起きた、という別質の問題だよな、と。

逆に、作品に対しての評価、という文化っぽい側面から見てみると、フラットに「そのもの」を評価されるチャンスを持たずに生まれた作品が、改めて真っ直ぐな評価の場に上がれるようになるには、ものすごい時間がかかるんだろうな、というのが、作品に対して可哀想な感じがします。

作品に対して可哀想って、作品を擬人化風+感情込める風でちょっと気持ち悪いな。まぁ、どんな思いで作ろうが、世に出たあとは作品は一人歩きしてくモノなんですけどね。普通は。にしても、世間に放り出される段階で、譜面そのものに加えて、色んなものを背負わされた作品、とは言えそうな。

おいらはクラシックの良し悪しなんてさっぱりわからないのですが、試しにゆうべ、過去に音楽評論家っぽい方が絶賛してたレビューを読みつつ、該当の曲を聴いてみました。普通によくできた交響曲でした。でももうそれ以上、何とも言えないのですよね。

絶賛レビューにも勿論、名義人のプロフィールについては、作品の成り立ちと切っても切れない程度には触れられていました。コンサートのドキュメンタリーの動画も見かけましたが、そちらでも演奏前に譜面を眺める指揮者や奏者の方々が、そのコトに触れずにはいられませんでした。

元の作り手が書いたものとして発表されてたら、それでも数日前までのような評価に至れてたのか。付帯情報のないフラットな状態だったら、どの程度の評価が与えられていた作品かは、今更誰にも「こうだったに違いない」と言える状態じゃありませんよね。今後も暫くは、これまでよりよい評価でも悪い評価でも、何をどう言ったって色々な角度からの邪推は入ってしまうであろう。


さて、オチ無しで話をぶった切りますが、どうせ結論はないのでw

おいら、昨年の11月頭から、長年の習慣だった喫煙習慣を、ほとんど苦しむコトもなく、ナチュラルに絶てているのです。なんでしょうね。今回の禁煙は、あまり計画的ですらなく、覚悟を決めて始めたワケでもなく、その割に精神ベースでパツン、と卒業できた感じ。そういうタイミングだったんでしょう。

これまで禁煙失敗に至ってた、精神面での喫煙行動に対する固執を、理由は不明だけど、うまいこと納得して克服出来ちゃった感じなのかな。ホントに普段、自発的に煙草に郷愁を抱くことすらない……というか、今日の昼も、「たまに、喫煙してたこと自体が不思議に思えるわ」とか思ってたところ。

でね、今日、夜に散歩に出たところ、火事に出くわしました。当初はやや煙多めのボヤくらいかと思いきや、消火活動が進むにつれ、火元が露わになるせいか、煙の量と範囲がすごいコトになり、帰宅する頃にはすっかりあの、火事独特のスス臭さに全身まみれておったのです。

すると、驚いたことに、コレを書いている深夜の間に珍しく、喫煙の渇望が頭をもたげており、ちょっと自分が驚き戸惑っております。まるで禁煙二日目みたいな感覚。

あの火事の、各種可燃物を燃やす煙に全身を一定時間以上晒してしまったせいなんでしょうかね。忘れてた渇望を脳が思い出してドーパミンを刺激しちゃうのに充分なだけはケミカルな煤煙だったんじゃないかと思います。

禁煙直後の2週間でまずは「喫煙習慣」をほぼ絶って、その後に本格的にニコチンゼロにしたのですが、少なく見積もっても二ヶ月半は完全にニコ絶ちしてるので、物理的なニコチン中毒はとっくに切れてるはずなんですけどね、こういった、脳が記憶してしまった条件反射は残ってしまうんだろうなぁ。

禁煙した人は火事場に近づいちゃいけませんね。勿論、そうじゃない人もですが。


  1. 当事者たちなのか、一方の当事者だけなのかは、片側の吐露しかない現時点では、なんとも曖昧。 

2014/02/06

タラちゃん on ジャパニのスクリーン!?

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なんか書こうと思ってエディタとにらめっこしはじめた…と思ったら、世間一般では話題になり得ませんが、個人的には超特大ニュースが目の前に飛び込んで来てしまったので、諸々吹っ飛びました。

なのでそちらだけ記録してさっさと終わらせることにしよう。

ここ数年、徐々に徐々に印度映画の日本公開が続いておりますが(そのわりに、メジャーなスクリーンでないものばかり見に行ってるけど)、とうとう今年はテルグの、しかもおいらイチオシのタラちゃん(とおいらが勝手に呼んでる Jr. NTR )が日本のスクリーン、メジャーデビューを遂げる模様です。

『バードシャ テルグの皇帝』 (2013/インド/テルグ語/原題:Baadshah) 予告編

監督:シュリーヌ・ヴァイトラ

主演:NTRジュニア、カージャル・アガルワール

配給会社:オムロ

公開予定:夏

基本、音楽シーンラヴなので、音楽ベースのトレイラーをばベタベタと。

でも、音楽シーンばかかり見てても全くストーリーの推測出来ないんですよねw ストーリー自体が伺えるのはこっちかな。

なんて言ったけど、どうせ印度映画のイロモノ感拭えないんであろうし、だったらいっそ Yamadonga 持って来てくれちゃえばいいのに。古くからのテルグ映画ファンはウハウハだし、新参はイロモノ的に期待通りで、だけどタラちゃんのダンスのキレキレ中毒になる人はいそうだし、世間的にも話題性ありそう。

あぁ、多方面でウィンウィンの道は Yamadonga な気がしてきた!

ていうか、改めて観た Baadshah のオープニング、スクリーン一面にスワロフスキーばりに宝石をちりばめた N T R の文字が躍るの、あれ、ニコニコユーザー的にはいいネタになりそうな…。

2014/02/05

なんでもない雪の日

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※今日ではない
more of my photo works

わー、雪が降ったよ寒いよ、と、多少騒いでみたものの、引きこもって仕事するのみだったので、ぶっちゃけほとんど関係ないまま深夜に至る。

さすがにこの時間(about 2:30 a.m.)にストーブが自動消火してしまうと寒いですね。

月初、月初なんですよ。いえ、作業はもう終わってます。今月はいつになく飛ばしに飛ばしたので、月初ならではな作業の大半は速やかに終わったのです。終わったままウェブの海に漂ってるだけです。平常運転です。

仕事以外何もしてないし、思考も停止しているので、これ以上書くコトはないのにダラダラと書き続けているのです。

横目に眺める TL はここのところ、あぁ、あなたもがんがったんだね、1ステップ、夢見てた方角に近づいたね、継続は力なりを地で行ってるね、という感じの人が数名います。

真面目にすごいなぁ、と。だっておいらには出来ていないコトだから。

そう、同時にそうやって、なんというか、己の、これ以上はないほどの、広く浅くっぷりを振り返り、これじゃあそりゃ、何も為さないし成らなかろう、みたいな所に思い至るワケですが、あ、別に卑下してるワケじゃないです。卑下ごっこ、程度。

おいらにはない才能なのかもしれない。才能? まぁ、熱意みたいなものも、才能の一種なんだろう、と捉えてみたり。

為すとか成るとかって、そういった才能と、あとは、タイミングであったり、相性であったり、要するに運命であったり……ほ~らまたどんどん壮大になってきた!

ところで、果たして、何かに成りたいのだったろうか。

自分のこの世での役割は何なのか、未だにわかりはしないけど、やりたいことをやりたいようにやりたいだけやってって、後ろ振り返ったら何かに成ってたら儲けもの、くらいかな。

成りたいものすら定まっていないのに、己と対比してしまうというコト自体が業なのかもしれない。

今はまだ、自分でソレを決めてしまうと、おかしな方向に向ってしまうのかもしれない。えっ、その台詞、十代や二十代の小娘なら似合うけど……今……だに? ぐふっ。寝る!

2014/02/04

[Congo][note] Soukous と Sapeur とコンゴの近現代史と

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Gentlemen of Bacongo
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昨夜ふらふらとコンゴの歴史っぽい色々をググってた。

なんというか、ちょっと掘れば掘るほどに、パキスタン同様……いや下手すると、よりいっそう深刻な問題が多そうな土地だし歴史な気がして眉間に皺が寄りますね。

まぁ、まだまだまともに理解出来てないし、アフリカでかいし複雑だし、学生時代は歴史の授業が一番の苦手だったし(今は興味ありありだけど、サボりすぎてたが故に基礎知識も薄い)、コンゴも、ちがう、今後も、じっくりと折に触れ勉強はしてこう。

とりあえず、歴史周りではじめて日本との関係に行き当たったのが、

Uranium extracted from the Shinkolobwe mine in the DRC was used to produce the atomic bombs dropped on Hiroshima and Nagasaki during World War II

― Did You Know? - Eastern Congo Initiative1

第二次大戦で広島と長崎に落とされた原爆の元になったウランがコンゴのシンコロブエ鉱山2というウラン鉱山なのだそう。

いや、まぁ、ホント、だから何だって感じですけど、そもそも原爆の原材料の産地なんて発想自体なかったわ…。

で、歴史を掘ってたつもりが、 Soukous そのものの歴史を、実際のコンゴの歴史的背景とディープに併行して書いてる記事に出くわしたのでリンクだけ貼っとこうかと。

しかも、音楽ブログとかじゃなくて、国産の旅行記系 SNS とも言えるフォートラベルに書かれてるという。意外とコンゴあたりの旅行記、アツい内容がありそうなので、コンゴも……いやいや、今後も眺めに行ってみよう。

いやいや、なかなかアツい内容で、素晴らしいです。

ここ半年(もう越えたか)、やみくもに色んな Soukous を聴きまくったお陰で、文中の大半のミュージシャンは認識出来るものの、こんなに体系だって、しかも英語どころか日本語で書かれてるなんて素晴らしい!(現地、フランス語かリンガラ語か、その他アフリカ諸言語なのでお手上げ感強いの……。)

個々のミュージシャンの活躍年代は薄々把握してたけど、なんというか、骨張ってた知識にちょっぴり肉がついてちょっぴり凹凸が出来た感じで嬉しい。それぞれの人を改めて噛みしめて聴いてこう。

でもって、結構コンゴの独立の歴史と歩みを共にしてる感じでもあったのですねぇ。

ていうか、猿、日常的に喰うのか……。

で、上の「講座その2」に出てきた、

1977年、ザイコから分離したヴィバァ・ラ・ムジカを結成したパパ・ウェンバは、若者に自立を説き、サップという独特の若者のおしゃれを説いた。 かくして、社交界のリンガラは、パワフルな演奏にのって、若者たちが、嬉々として汗を流しながら踊る音楽へと進化した。

ここであの、サプール (Sapeur) とパパ・ウェンバが、はじめて顔や名前や形のある状態で頭の中で繋がった。

しかも、今年に入って、欧州のギネスが CM でサプールを取り上げて、ショートドキュメンタリーなんか作ってたんだね。なんてタイムリー! ロケ地は DRC(コンゴ民主共和国 - 旧ザイール)じゃなくて Congo-Brazzaville (コンゴ共和国)の方みたいだけど。

こっちが CM 本編みたい。やばい、かっこいい。

で、色々掘ってみたのですが、パパ・ウェンバ、未だにサプール第一人者として必ずあちこちに出てくるし語られてるのですね、今でも。

※トランスクリプション付きの動画の元記事も発見しますた。

そして、原爆の次にまた、予想もしないところで、恐らく日本人の大半は預かり知らない日本との関わりが。この動画以外でもそうだったのですが、サプールの愛して止まないデザイナーズブランドナンバーワンはどうやらヨージ・ヤマモトのようで、日本製のローファーなんか手に入れたらもう、勝つる、という勢いなのですね。

Soukous 聴いてて、よく歌詞でジャポネ~とか出てくるのって、ホントにすごい確率で耳にしてて、ここまでの頻度で日本が出てくるのもおかしいし、きっとジャポネに聞こえる何か別の単語でもあるんだろう、って思ってたのですが、お洒落の代名詞っぽく歌詞に日本が多用されてる、とか、あるのかもしれない。

あぁ、おフレンチが理解出来るようになったら曲の理解も進むだろうか。……と思いきや、結構しっかりリンガラ使ってたりもしそうなんだよな。

2014/02/03

[映画] アラビアのロレンス

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今日は見事にねてようびだった。昏々と寝てたし、でも未だに身体が眠りを求めてるようなので、今日も早めに寝ようと思ってる。起きたら平日の月初、ぼやぼやしてられないのである。

というわけで殆ど何もしていないのだが、夕方過ぎになって配偶者と共に映画を観るコトに。

とある映画を観るつもりでいたのだが、さて観よう、という段階で、何故かシリーズ1本目が手元にないことが発覚。で、行き当たりばったりに選んだのがこれ。

アラビアのロレンス (1枚組) [DVD]
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気づかず見始めたものの、そうか、古きよき洋画の大作は、印度映画かそれ以上の尺を持ってて、 Intermission もあったのだわね。そうそう、インタルミッション(印度英語的発音)は印度の専売特許なワケじゃなかった。というわけで、きちんと Intermission でお茶入れ直しつつ観た。

この壮大な物語は物語つーか、かなり史実に忠実なお話なのですね。実在のロレンスさん、中東の後は除隊まで、「イギリス領インド帝国」にもおったのか。

1935年に除隊なので、現地的には、印度が独立を遂げてパキスタンと分断されることになる 1947 年を遡ること十余年前までか。アラブやイスラムに精通したロレンスさんが英領印度にってコトは、ムスリムとの橋渡しや交渉役として何かしてたりするのかな。とてもそんな気がする。

というか、Wikipedia 先生のイギリス領インド帝国のページ、印パ分断の経緯も結構生々しく書かれてるんだな。

でも一番気になったのは主要な登場人物中、実質唯一のアラブ系だったらしき、ハリト族のアリ役のオマル・シャリーフさん。この方、「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」の主役のおじさんやってるんだ。アレも気になってるのにまだ観てない映画のひとつだわ。観なくちゃ。

しかし、全編通してすごい美しい風景映像の連続たまらんかった。

とても好きなのは、男たちの出陣を見送るベドウィン女性が岩場に転々と座ってあの、何ていうんだかいくら調べてもよくわからない、いわゆる「ときの声」を口々に発してるトコとか。

あとは、恐らくどこでも名場面とはされてない気がするなんでもない情景なんだけど、ロレンスが夜通し砂漠をうろうろしながらアカバに攻め入る作戦を考えてる時の、軽めの砂嵐に舞う砂煙がめっちゃ好きですた。

あー、映画観たらちゃっちゃと感想文書いとこう。

なんかね、おいら、面白いくらい、観たり読んだりしたものの内容を、きれいさっぱり忘れるのですよ。同じものをまた観はじめたりすると、その場面になる前に内容を次々と思い出すんだけど、観てない状態で、過去に観たものの話をしようとするとストーリーも登場人物もさっぱり出てこない。

とてつもなく好きで何度も観てるものはそれなりに覚えてるシーンもあるんだけど、そこそこよかった、くらいだと、せいぜい「よかった、と思った気がする」だけを覚えてて、内容はやっぱり覚えてない。

上述の通りで、再視聴すれば出てくるので、記憶に深くしまい込みすぎなんだろうけど、映画とか小説ってことごとくそんな感じなんだな。謎。

だから映画は嫌いじゃないんだけど、脳内 DB がダメすぎて、映画マニアになる資質はない。

2014/02/02

春節

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春節のイベントをのぞきに夕方をめがけて中華街に向う。

横浜駅で根岸線に乗り換え。根岸線はこれまで、東側の窓を見ることが多かったようだが、今回たまたま眺めていた西側の車窓が、いい具合にごちゃごちゃした町が連なっていて、とても好きな感じだった。今度からはこちら側を見るコトにしよう。

中華街にはなかなかトリッキーな公園がある。イベント会場は「山下町公園」となっていたものの、すぐそこにある山下公園を素直に連想して、そちらに向う。が、山下町公園は中華街の中に別途あった。

山下公園に向う際に前を通り過ぎていたし、名前は知らなかったものの、以前からしっかり認識している公園だった。

そんなワケでイベント開始5分ほど前にギリギリ会場到着。出遅れもあって観覧ポジショニングは微妙だけど、なんとか見れる場所。

まずは中国舞踊。悪くない。踊り手さんは一人で、しかもかなり短時間だった。魅了という魔法にかかった途端に魔法を解かれたような感じで勿体ない気がした。もう少し時間と人を割いてもいいのにな。

次の雑伎はまぁ、そこそこ。

最後は獅子舞。中国の獅子舞、かわいくてかっこよくて、獅子っていうか、身軽な巨大猫って感じでしたね。見応えあった。来年は至近で見て、頭かじられたい。

イベントを楽しんだ後は、ぶらぶらと歩きながら、以前からやや気になってた台湾料理屋さんへ。春節のわりには空席もそこそこあって、あまりうまく集客出来てはいなかった感じだけど、味は嫌いじゃなかったな。

特筆するほどの大きく目だった何かもないんだけど、魯肉飯がおいら好みだったので、そのうち再訪はありかも。あと、中華街にありがちな、ツンツンした接客じゃなくて、おばちゃん達がなんとなく、のんびり柔らかかった。

で、最近は中華街に行くと必ず寄ってしまう、中華食材屋さんにて、印度スナック買い込んで帰宅。

帰り道は、根岸線で大船まで、そこで乗り換え。

先日、路線ごとに電車の駅名の最後の漢字だけを並べると、地形が連想出来る、みたいな話があったが、根岸線の後半の駅は「台」ばかりが連なってるな……と、うとうとしながら考えていた。

楽しい宵の口だった。


日々、面倒くさいお題を書くのは疲れるのだが、かといって無意味なコトを書くくらいなら、書かない日があってもいいんじゃないか、とか考えた。

でも、恐らく書く内容で選択することを許してしまうと、自分の性格上、全てが「書かなくてよいもの」という選択になってしまうと思った。

それに、ここを意味のあるものの集積場にするのは本意ではない。思考の過程の断片的な可視化が出来ればそれでいいのだ。

解ってるのに、どうも、書く内容に対して、不必要な意味づけや結論づけをしようとしてしまうようだ。

意味のある何かだけを、華麗に提供出来るヒトにでも憧れているのか?無理。

ので、初期値を日記めいた記録にシフトしつつ、面倒くさい考え事を文字にしたい時はそちらに、という運用にしてこう。

というか、実際はもっと断片的に、タイトルの通り、やや字余りな Twitter 感覚で、日に何度でもパラパラと思いついたら書くんでもいいと思ってる。

どうせ、書きはじめてから、どんどんややこしい思考に持ってくタイプなんだし、それくらいで丁度いいはず。

なのに、何故か一日一回、しかも深夜になってから、よっこいしょと改まって書いてる。やっぱり馬鹿なんだろうか。

ひとつ思うのは、タイトルってのは意外に煩わしいし、こいつが不必要にかしこまらせてる気がしないでもない。

2014/02/01

知恵の実とワクワクの交換

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珍しいな。ここ数日、そこはかとなく体調はよくないのだけれど、今日は起きてからずっと背中が痛んでいる。こんなに執拗に痛みを感じるのはなんだろう。


おおう、20行くらい書いたヤツ、バッサリ行った。これはどうも今じゃない気がする。今度にしよう。あっためすぎて腐臭を放つかもしれないけど。


はじめの頃が一番面白いってのは、何についてもそうなのかな。惚れた腫れたもそうだけど、趣味も仕事もライフワークも、どれもホントにそんな気がする。

不思議だよね、好きになればなるだけ、深く知ろうとするワケで、そうすると、それがどんなものごとであっても、知恵の実と引き替えに何かが少しずつ失われていく。

なんだろうこの皮肉な摂理っぽいの。

ワクワク新鮮な気持ちのまま深く知る、ってのは両立しないのかな。それとも、それすら、心の持ちようなのかな。


少し前にボヤいていた、日常に組み込もうと思ってるわりになかなかうまく出来ずにいる習慣が、相変わらず組み込めずにいる。ああ、日々に流されていないで、一度きちんと対峙しなければ。