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2013/12/29

「怒」とか「哀」とか、その他ただの書き散らかし

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ヤマなしオチなしまとまりなしな書き散らかしにもタイトルつけないといけないのがブログの微妙なトコだな。いや、(一応本職だし)タイトルのない体裁で運用、とかだってやろうと思えば出来るんだけど、このブログはCSSは弄っても基本機能やテンプレは極力弄らないでやってきたいんだよね…。


さてさて、また数時間耳にイヤホン突っ込んだまま何も聴かずにマシンの前に座っております。体調不良で伏せっている配偶者にも、「あんた同じ所(PCの前)に居すぎじゃないの?」と言われる地蔵っぷりです。

先週末にあったささやかな出来事から気持ちが上手に癒えきっておらぬ為に、あんまりメンタルよくないのですよね。えっ、 Tweet とか見てるとそうは見えない? インタネットなんて、基本、現実逃避ですからね。ぷりてんどしてますよ、ぷりてんど。

いえいえ、全方向に Pretend はしてないし、おいらの場合は対面でしゃべるよりもむしろ、ネットの方がかなり素に近いようには思うのだけど、それでも、喜怒哀楽の真ん中二つ、特に怒りの方は、多少なりとも自制してるのかも。という程度の意味合いの pretend 。

そんなに意識的にしてるつもりはないので、自分のコトなのにまた、妙に曖昧な言いっぷりだけど。

野放図に怒りを放出すると、負の連鎖が始まるんですよ。で、その負の連鎖って、行き場がなくて、結局は自分の顔面にピシャッと跳ね返ってくる。こんなに非生産的なコトはない。

あぁ、そうやって考えると、今回の己のダメンタルの根源は「怒」かと思ってたけど意外に「哀」なのかな。

上述の通りで、怒りを抑えるのは無意識のうちに、上手に自制出来るようにはなってるみたいなんだけど、実は「哀」についてはいつまで経っても難儀してる気がするのですよね。

その辺については以前も触れたけど、正しく消化なり昇華なりしたいところです。哀しみのやり場についてはかなり取扱注意だな、って思うので。

まぁでも、そのこと自体をこうやって言葉に出来るようになった分、遅れ馳せながらの回復期ではあるのかな、と。はたまた、癒えぬままのオーバーフローか。いずれにせよ、生々しいまでの現在進行形の間は、そんな気持ちは書きたくないし、多分書かないけどね。

とにかく、おいらにだって、そんな時はあるわけですよ!

元気出てきたらまた運動も再開するけど、今はしばし地蔵でいいや。贅沢と無理は敵!

多少の自制が効いてる「ネット」や「他人行儀なオフライン」ではない場所にいる配偶者には、「怒」にせよ「哀」にせよ、押さえが効かずに放出してしまう結果にはなってるだろうから、多少申し訳ないですね。原因によりけり、にはなりますが。

既にインタネットのあちこちでも、この1年総決算モードになりつつある感じかな。まとめMix、10大ニュース、来年の抱負などなど。

おいらもそんな感じのお題を考えてみようかしら、と思ったものの、趣味ベースだと、どのジャンルも他の人より広すぎて薄すぎるので、なにも纏まらなそうw 暮の間に何か思いついたら纏めよう。

今日もまた、ランチ後の皿洗いタイムにいくつかの思考がバターになってしまいました。あぁ、これほんと、どうにかならないかしら。

そうそう、昨日、中学時代の友人からメッセージが届いた。中学時代の友人といっても、中学時代には全く違うグループだった。違うグループっていうか、違いすぎるグループだった。なんせ彼女は当時、学年イチのスケバン(死語)だったので。

そんな彼女とは卒業後に度々ちょこっとした縁があり、すっかりオトナになって、同窓会で再々会して以来、つるむようになったのだ。

今日届いたメッセージは、彼女にとって、とても嬉しかったコトの詳細報告、のようなもの。随時(簡易)報告は大分前に聞いてたけどね。で、詳細報告を眺めて、あぁ、彼女も頑張ってるなーと。

ここ数年は、おいらが時間的・懐的・心的余裕のいずれかが今ひとつだったが故に、会う機会も減っちゃってたんだけど、久しぶりに遊びたいなーと思ってる。ここのところは彼女の体調が今ひとつっぽいので元気になった頃に。

物理的に会う機会は減ってるけど、彼女は多分、そういうのとは関係なく、長いこと続いてく、数少ない友達なんだろな、と思う。

しかしアレだな、こうやって振り返ってみると、おいら、心の余裕をなくしてる期間が、思ったより長すぎやしないか? これはもう、一時的なモノだ、いつかは余裕が出来るはずだ、その時まで頑張ろう、とかなんとか思わずに、現状の狭いココロの中に余裕を無理くり作るべきなのかもしれないなぁ(嗚呼どうやって…)。