Random flickr of mine

2022/11 移転しますた。 https://140.browneyes.in/

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
Showing posts with label デジクリ. Show all posts
Showing posts with label デジクリ. Show all posts

2014/03/11

デジタルちゃいろ[43]原住民と黒船三度

この記事はメールマガジン「日刊デジタルクリエイターズ」に書き下ろしたした記事「デジタルちゃいろ[43]原住民と黒船三度」の元原稿です。加筆は一切してませんが、掲載時点で古くなってしまったリンクやそれに纏わる文言のみ一部削除している可能性があります。

雛祭りの日にmixiからリリースされたmuuk、ワタシ結局未だに試してないんです。試してないのに話題にするとかどうなのって感じでしょうか。まぁ、使用感について云々したいのではないので許して下さい。

どんなサービスかっていうと、時限式の写真共有アプリ、とでもいいましょうか。送った写真を相手が見れるのは3秒だけ。で、二度と見ることも叶わず、保存することもキャプチャすることも出来ずに消えてしまう。

そうそう、ある意味、まさにこういうことですね!(えっ)

ワタシの立ち寄り先であるSNS各所ではどちらかというと「旧来の」ネットに親しんでる層が多くて、アーリーアダプターな層も多い方だと思うんですが、muukのコンセプト自体、そういう層には親しみづらい感じがあるようですね。

アーリーアダプターなので、早々に試してはみたものの、早々に砕け散ってる方をよく目にしました。というか、メニューの文言や、ナビゲーションのヒントに使われている言葉のひとつひとつに、生理的に苦手そうな反応をしている人が多い印象。

この刹那系写真共有系サービス、国産では恐らくこのmuukが初かもしれませんが、米国を中心とした異国のワカモノの間では、2011年にリリースされたsnapchatが大人気。本家や元祖や草分けかどうかは存じませんが、世界的にはこちらが今も尚、コレ系サービスの王道。

その後、2012年にfacebookが同系のアプリをリリースしましたが、snapchatを凌駕するには至れず。しかしFBはかなりこの市場に魅力を感じていたようで、去年の暮れに現金30億も積んだものの、snapchatは既にそれを華麗に蹴っ飛ばすまでに成長して今に至る、という感じです。

そんなこんなで、FBが30億出そうとする程には魅力的な市場でもあり、可能性もあるんでしょうからmixiさん、日本での市場は未知数ながら、意外に面白い目の付けどころなのかもしれません。

そんなmixiをパクりサービスのオンパレードとか、オリジナリティがなさ過ぎるとか、恥ずかしくないのか、とか怒ってる人も見かけました。以前のワタシなら同調したかもしれませんが、最近ではそういう声を目や耳にすると、この人はここがどこだか忘れてるのではないかしら、なんて思うコトがあります。

ここはどこでもない、スポイルされきったガラパゴスな日本なんですよ。新しい商機の可能性を孕む異国で出来た舶来のサービスは、誰かが輸入して、ローカライズして、より日本人の好む形にブラッシュアップしないと誰もオリジナルのままでなんて使わないんですよ。

で、旧来の、リテラシーが高くて、新しいものに常にアンテナ巡らして、海外の動向を見つめてるアーリーアダプターなんて、もはや全体に影響力を持つ存在ではなく、一握りのコミュニティの中でのお山の大将でしかないんですよ。mixiはとっくにそんな小さなマーケットなんて相手にしちゃいないんです。

実は以前からこのデジクリ上でも、「黒船!」「黒船!」と騒いでる記事を書いたことがある。

ワタシの言う《黒船》とは、旧来からこの《インタネット島》で暮らす《原住民(=旧来のネットユーザー)》ではない、新世代ネットユーザー、のような人たちを運んできた船、という意味合い。黒船で上陸して来た新世代ネットユーザーとは、どちらかというとモバイルがインタネットへのメインゲートウェイで、ネットをネットと意識すらせずに使う層。

あぁ、そういう人が加速度的に、《おらが島》にやってきてる足音がするねぇ、ほらどんどん足音がデカくなってきたねぇ、というハナシをこれまで何度か書いてたのだ。

黒船でやってきた人たちは、原住民からしたらリテラシーも低いし、自分たちだけでは何も出来ないだろう、くらいに思ってたのに、気づけば原住民たちを介在せずに独自の歴史や文化を生み出してる。

おらが島の広めの一角に、既にしっかりとした居留地を構えてて、そこは原住民たちには住み心地がよいとは感じられなくて、あまり寄りつかないのだけど、彼らにとっては文明を着々と発展させる程には暮らしやすいようだ。

そんな土地が、きっと、在りし日のmixi、そして現在進行形ではLINEあたりなんじゃないかな、と思います。

最近聞いた話で象徴的だったのが、頑なにLINEを使わずにいる友人(原住民)と彼女の田舎の仲間のハナシ。

正月に地方の実家に帰省して同級生と集ってみたら、いつの間にやら皆、ガラケーからスマホになっており、原住民の友人以外の全員がLINEで繋がってたんだそうな。

LINE使ってないの?なんで?繋がろうよ!フルフルしようよ!と言われたものの、仲間内で一番ネットに詳しいと思われていた筈の自分がLINEの使い方すらよくわからない、というシチュエーションが悔しかったので、その場でもインストールしなかった、と言うのだ。

そう、本当に、原住民抜きで文化も歴史ももう出来てるんですよ。しかもその文化圏では、黒船リテラシーも出来上がってて、下手をすると、原住民こそリテラシーがない、とされてしまいかねない程に逆転現象も起きつつあるのです。

個人的に未だにどちらとも言いきれない領域なのが、アメーバピグ方面のユーザー層。

ピグに限らず密かに乱立はしてますが、リテラシーは高くないけど、とはいえ、どちらかというと仮想の自分とも言えるアバターベースのコミュニティにいる人たちは、mixiやLINEに比べると若干、リアルな繋がりベースでのコミュニケートをしている種族ではない気がする。

ピグ界には一時期、敢えて潜入してみてたんだけど、実際半々なのかなぁ。リア友とお誘い合わせの上遊んでる子達もいなくはない。でも、そうじゃない人間関係築いてる層も相当数いる感じだった。はじめて見かけたピグにカジュアルに話しかけて友達申請や、ナンパをしてくる人も多い。

やっぱりアバター系は別途、独特な文化を持ってるのか。「ユーザー層」っての自体、もはや一概には言えない感じなのかな。ハナシが逸れそうなのでそちら側種族深掘りは一旦止めておこう。

そう、そんな感じでですね、一昔前のインタネット島の流行り物っていうのは、原住民のアーリーアダプターによるレビューを経てから世間的にポピュラーになってくのが常だったのです。

でも、今や、原住民の未踏の地にもあちこちに立派なマーケットは出来上がってて、mixiはソコに向けてmuukをリリースしたんだと思うんですよ。原住民なんか相手にしてないんです。

個人的にはそこであるコトに気づいて、いよいよ面白いな、と思ってるコトがある。

ワタシの脳内黒船ストーリーは、いつかどちらかがどちらかを支配しようとするのではないか、という悲観的な物語を想定してたんですよね。

ところが、今のところ、実際は意外と平和的に棲み分けはされていて、時折、曖昧な国境付近で、文化的摩擦として火炎瓶の投げ合いが起きて炎上してる程度に見える。これはちょっと面白い発見かもしれない。

ああでも、黒船で新大陸にやってきた人たちは、原住民との間にある潜在的利害関係や、原住民の存在そのものにすら今はまだ気づいてないだけかもしれない。

まだまだ接近遭遇ははじまったばかりだ。この二種族の接触と力関係の変遷は、これからも長いこと興味深く見ていきたいと思ってる。いち原住民として。

どこかの国の音楽

きっかけは何だったのか謎ですが、実は去年から印度映画界では日本ロケが大流行してるんです。

春先は富山・北海道でテルグ映画、10月後半はヒンディ映画(ボリウッド)が都心部、タミル映画が京都・鳥取、そして12月はテルグ映画2本目が関東・関西ロケ。

それを受けてロケ地になった地方自治体では、その後のロケ地巡りにやってくるかも知れない印度人観光客目当ての町おこしにまで期待してたりしてなかったりしてるようです。

秋の、1週ズレ程度でのヒンディ~タミルロケ祭りは印度映画ファンはそりゃもう大騒ぎでした。そんな最もアツかった2つの映画の、まさに日本ロケでの音楽シーン動画が公開されてるので、ちょっと印度映画ロケ地日本祭りをば。

“Tanki” Youngistaan

こちらはヒンディ映画Youngistaan。現地ではこの3月後半公開予定。

ロケ地は主に新宿かな。六本木・渋谷あたりでも撮影スケジュールがあったようななかったような。

ロボットレストランでの撮影のほんの数日前にはSNS上でこの撮影のエキストラ募集が出ていて、ワタシのTwitterのフォロワさんは何人か参戦しており、映り込んでるようで、めでたくボリウッドデビューを遂げるようです(笑)。

印度で今をときめく Mika Singh の歌だし、他で結構好きな振付けを結構やってるコレオグラファーさんが振付け担当なんだけど、正直、個人的には楽曲もダンスも微妙にピンとこないんですけどね、スイマセン。

“Kandaangi Kandaangi” Jilla

こちらはタミル映画Jilla。こちらは現地では既に今年1月から公開中かな。ロケ地は京都各所と何故か鳥取の花畑。

俳優さんは現地では、一昔前の日本で言ったら若大将、加山雄三クラスの人気を誇るヴィジャイ。女優さんはテルグ語圏の、ワタシも大好きなカジャルたん。南印映画界の女王とも言われる女優さんで、タミル映画でも引っ張りだこみたいですね。

関東でロケだったら1日くらい仕事ほっぽり出して見に行きたかった…。

こちらは楽曲もダンスも、イマドキ感はないけどスタンダードな印度映画の音楽シーンという感じでいいですね。

ボリウッドのYoungistaanは今の日本の都会を全面に押し出してるけど、タミルのJillaの方はステレオタイプなまでの美しき日本、てな感じで対照的。

今年もロケやら映画祭やらイベントやらで印度映画界の俳優さんが来るの来ないの、なんてハナシがちょこちょこ出てるみたいで、来日祭りはしばらく続く…かも。ワタシが大好きなテルグのNTR Jr.も来ればいいのになー!

後記

先月はインフルエンザB型にやられてた。解せない。発症から潜伏期間に該当する日を遡って考えこんでも、人のそこそこいる場所といったらスーパーに1回行ったくらいしか、外出の記憶がない。それほどまでに筋金入りな引きこもり生活なのもどうかとは思うが、それでもインフルエンザをもらう時はもらうものなのだ、という事実にもびっくりした。

「スーパー行くだけでも伝染るコトって、あるらしいですよ」と、ワタシの引きこもり事情を知らない筈の薬局のおばさんも言ってたので、実際そういうコトだったんだと思う。

寝込むのにいい時期なんて勿論ないのだが、2月は日数が少ない上に、翌月は世間的に決算期・締めの時期の始まりなので、特によくない時期だと痛感。来冬からはきちんとワクチンを打つコトにする。この冬は、配偶者だけはワクチンを打っていたお陰で、ワクチンの効果のほども十二分に試せたので。

2014/01/14

デジタルちゃいろ[42]節目いろいろ

この記事はメールマガジン「日刊デジタルクリエイターズ」に書き下ろしたした記事「デジタルちゃいろ[42]節目いろいろ」の元原稿です。加筆は一切してませんが、掲載時点で古くなってしまったリンクやそれに纏わる文言のみ一部削除している可能性があります。

あけましておめでとうございます。

正月早々、いきなり厨二臭いコトを言い出しちゃいますと、明けたら何が目出度いのか、正直よくわかりません。慣習上、どんな根拠になってるのか、何故目出度いのかを論理的に教わった記憶もありません。

調べたらああなるほど、な根拠はあるのかもしれませんが、もの凄い能動を以て調べないとわからない程度には身近とは言えない根拠を持ち出されても、それはそれで困惑してしまいそう、というのが正直なところ。

ですが、これが面白いもので、毎年毎年毎年毎年同じ時期に同じテンプレに則った「目出度い」とされる行為を繰り返しているからか、新しい年が明けた、というそれだけが、あたかも目出度いコトのように思えてくるのですよね。そんなコトがふと我に返ると不思議だったりします。

誰でもどこの国でも、なにがしかの期間の反復での一巡を終えて、更なる新たな一巡を開始する、開始できるコト自体を喜ぶ、というのは広義では共通してる感じがしますよね。

日本だって、正月に限らず、成人式や七五三あたりは、自分も通ってきた道として身近に根拠を理解出来る節目行事ですし、個々人の誕生日なんて万国共通、最たるもの。実際、正月も同じコトなんでしょうね。祝う対象が人ではない、というだけで。

こと、正月については、東亜細亜だと日本以外は今でも旧正月が重んじられてる感じがします。あっ、Wikipedia先生によると、東南亜細亜方面も結構、旧正月派なのかしら。

というか、旧正月を旧正月と呼んで、新しい正月をグレゴリオ暦の初月に置きかえちゃってるのって日本だけだし、その他の亜細亜地域では「正月」という言葉そのもの自体が旧暦の1月のコトなんじゃないですか!

やだわ、正月ですらガラパゴスに孤立してただなんて、今の今まで知りませんでした。いつから日本だけそんなコトになってたんでしょうか。

なんて、やや大袈裟そうにそうは言ったものの、グレゴリオ暦の1月1日を迎えるに当たっては、全世界なんとな~く、おめでたムードにはなるので、何も日本だけそこが特異なワケではありません。

とはいえ、他の国って意外と、その国特有の新年……というよりは年の節目たる年間最大イベントが、数字上の初月初日以外の根拠で別の時期にしっかりあるコトが多い気がします。

日本てどうなんだろう。祝日マターで見ていっても、社会的に長期休暇を取りづらいかわりに、国民の祝日の年間日数は異国より比較的多いと言われる日本ですが、正月以外にほぼ万人が節目感を高めるその他イベントなんて、ありませんよね?

近代の年中行事だと、バレンタインやハロウィン、クリスマスはあまりにも商業ベースだし、万人向けかというと微妙にそうでもない。夏休みなんて業界によりけりで、お盆に必ず取るとも言えたものではない。成人式やこどもの日や勤労感謝の日や敬老の日は節目モノとはいえ、一応対象者が限定されてる。

ワタシの乏しい南亜細亜界隈の知識からだと、印度の主要地域をはじめとするヒンドゥ圏では主に10月のディワリが新年となるらしい。

印度は9月頃から延々、各種お祭りシーズンに入る。ここで面白いのが、各種お祭りに対しての思い入れは地域性によりけりで、ディワリは一応、基本的にはラクシュミ様が主役。

なのですが、別の神様がその土地で最も人気のある神様だった場合には、そちらの神様が主体のお祭りの時期の方がその土地ではディワリ以上に盛り上がってたりするらしい。

例えばムンバイでは、ディワリも勿論行なうんだけれど、日本でもお馴染みの象頭のガネーシャ信仰が強いので、ディワリより先に行なわれるガネーシャ祭りの方が皆さん力入ってたりするそうです。

なんだろう、本音新年と建前新年、みたいな? そんなお祭りが約ひと月違いくらいで立て続けにやってくるのだから、印度の秋は、所により文字通り「盆と正月が一遍にやってきた」状態になるのだそうな。ちょっと楽しそうでもある。

同じく南亜細亜(に留まらないと思いますが、地域性との融合度合いが不明なので)、パキスタンをはじめとするイスラム圏では犠牲祭の大イード(新年…というより新年を迎えるホリデーシーズン開始、みたいな)とラマダン明けのイードがあったりする。

こちらはそもそもが太陰暦スパンのヒジュラ暦ベースなので、グレゴリオ暦のいつ、という置き換えは効かない。それどころか季節ともズレが生じるので、同じ祭事が夏になったり冬になったりしていく。

ここ最近はラマダン(断食月)が夏場になってるようなので、ムスリムの多い暑い地域は大変だろうなぁ、なんて思う(……のは門外漢が故の大きなお世話かもしれないけど)。

そんな南亜細亜のワカモノたちも、社会的階級や環境によっては、自分たちにとっての年間最大イベントとは捉えていなくても、グレゴリオ暦1月1日の新年明けイベントは行なったりもするようだ。

アルコールを伴ってるかどうかは置いといて、お祭り騒ぎの理由付け的な意味では、まさしく「いちがつーはしょうがつーで酒が飲めるぞ、酒が飲める飲めるぞ、酒が飲めるぞ」である。

欧米の、主にキリスト教が宗教の中心に不文律的に存在してる地域でもニューイヤーイベントはあるだろう。正直そちらはあまりよくわからない。

わからないながらに思いつく推測としては、恐らく、元旦より1週先んじてるクリスマスの方が本気だし本番だし、実質、1月1日なんて、ホリデーシーズン折り返し地点ののろしとしての花火打上げ、くらいの意味合いなんじゃないかしら(偏見)。

本気のクリスマスといえば、十ウン年前にクリスマス前後にスペイン旅行に行ったときは正直閉口した。普段やってるお店やレストランも、自分たちのための非営利の、本気クリスマス準備のために、極端な営業時間短縮や休業に入っており、外食にも難儀したのだ。

実は旅に連れ立ったのが高校時代の同級生で、実はその母校というのがミッション系だったので、実は必修科目としてミサをはじめとする宗教行事に参加させられたり賛美歌歌わされたりとかは在学中の日常行事であった。

そんな経緯もあったので、その土地のクリスマスのミサってどんなかね、みたいな共通の興味があり、クリスマスの夜は軽い気持ちで近くの教会を訪れた。商業施設も閉まりまくってるし、行き場も限られてたしね。

(余談だが、ワタシに限って言えば、その高校に入ったお陰で、入学前までは持ってた筈キリスト教に対してのよいイメージはガラガラと崩れたし、現在のイスラム萌えに至る道程ではこの時期の反発心も大いに一役買ってるのではないかと疑ってる。そんなのも「縁」としか言いようがない。キリストさまとワタシはご縁がなかったんだな、と思ってる。)

単なる好奇心で混じり込んだものの、全員が賛美歌歌う、みたいな場面に至り、どうやら手に手を取って賛美歌を歌う、という運びらしい。そこではじめて横に立ってたおばちゃんがこちらに一瞥をくれた。

どう見ても土地の人間ではない東洋人の小娘たちを二度見するも、「同じ信仰があるなら言葉なんて!」とばかりに、言葉は一切無しで、奪うように手を繋がれ、共に賛美歌歌いながら、内心では、いやごめん、クリスチャンなワケではないのよ、ホントごめん……と申し訳なく思う。

本気クリスチャンがデフォルトの国はやっぱりクリスマスは本気だし大まじめですよね。米国はよくわからないけど、欧州は結構ストリクトで保守的で大まじめな所多い気がするな。

そうやって考えるとムスリム国と本質的には同じなんだな、という気もします。単に、宗教由来の行動規範が、欧米の物差しで、当たり前と受け止められるか、異質と受け止められるか、の違いだけですよね。

さて、この新年話、今回の記事の触りにちょっと書きはじめたつもりが無駄に膨らんでしまったけど、うまい畳みどころがいまひとつない。

1月1日に限らず「新年」の祝いの背景は現代でも意外と宗教に根付いてる所の方が主流なんだろうな、と思います。世界的に見たら。

どちらかというと「重要なまつりごと」が「明けた|明ける」から目出度い、みたいに、「明ける」こと自体が主役ではないのかもしれない。

大戦後に残念な形で宗教と決別せざるを得ず、宗教全般を頭ごなしに、弱みに付け込む胡散臭いもの扱いするしかなくなってしまった日本は、明けたコトそのものに縋るしかないから心許なく感じるのかもしれない。

ワタシ自身のこの新年は、例年以上に正月らしいコトはしませんでした。最近、和出汁にちょっと凝ってる配偶者が、暮れに先行して雑煮を作ったりしてましたが、以降、年越しそばも食してないし、年明けてから餅すら食べてないわ……。

正月についてはそんな扱いになってしまいましたが、個人的な年中行事は世間とは切り離してしっかり楽しまなくちゃいけませんね。

取り敢えずは自分と配偶者の誕生日とか、結婚記念日とか、その辺でしょうかね。大抵、配偶者の食べたいものを食べに行く贅沢グルメの日にされてしまいますが。

あっ、それこそまさしく「酒が飲める飲めるぞ、酒が飲めるぞ」なのだな……。

どこかの国の音楽

"Alingo" by P Square

個人的には引き続きアフリカはフランス語圏に萌えっぱなしですが、今回はアフリカ英語圏、ナイジェリアのP-Squareのお二人を中心とする群舞をどうぞ。

もうこの、衣装にしろ無駄CGにしろダンスにしろ、清々しいまでに突き抜けたダサさがすごい。しかも、そんなダサさも我が道を半周しちゃえばかっこよく見えてしまう、みたいなダサかっこよさがなんともクセになるのですよねw

この人達、過去にはそれなりに洒落乙風アフリカンポップスもやってないワケじゃないのですが、年々、鋲付きのハードレザー肩パッドバーン、みたいなスタイルへの執着が隠しきれなくなってる感じです。

結構最近の動画だと、直球でマイケルジャクソントリビュートな動画とかも出してるので、ああいうやり過ぎ感のあるエンタメ、真骨頂なんでしょうね。

……と、P-Squareをダサいダサいと半笑いで紹介しといてナンですが、英語圏は全体的に垢抜けた感じがします。やはりガーナ・ナイジェリアあたりは大都会感強いですね。

YouTube眺めてても、うまく表現できないけど、動画の各種クオリティが都会のキー局(英語圏)見てたら地方CM(仏語圏)流れてきた、みたいな落差かも。それでもやっぱり仏語圏ラブなんですけどねっ!

後記

正月は北海道、道東のとある漁師町で、二歳男児のいる暮らしを垣間見てきました。考えてみたら男の子ってこれまであまり縁がなく、しかも1週間近くというそれなりにまとまった時間、近くで眺めていましたが、女の子とは別のイキモノですね、あれは。

言語コミュニケーションの初段階に入ったばかりという時期だったこともあって、今は時折人間語の混じるインコのさえずり、はたまた宇宙との交信、みたいな感じで、色々と面白かったです。